大総統府中央司令部国家錬金術師機関――――錬金術の公的機関の最高峰。
 人知を超えた禁忌に触れた者たちが集う場所。譲れない想いを抱えた者たちの奇跡を綴る、貴重な資料が残る場所。その最奥に眠る、一枚の羊皮紙。
 大総統すら一枚の書類の閲覧に、正式な申請を行わなければならないほどの最重要機密文書。


 そこには、真理に触れた術師の名前と、当時の大総統の名で捺されたサイン。
 それと――――項目が記されていた。

 エドワード・エルリック
 アルフォンス・エルリック
 

『以上の者を 封印 指定 とする』




言わせてみてぇもんだ




 東部の片田舎にある町、リゼンブール。これといった産業も無く、特産品もないこの町では、大抵が農耕と家畜で生計を立てているが――ロック ベル家は外科医であり、義肢装具師であり、機械鎧調整技師であり、エドワード・エルリックをお得意様とする技術屋であった。
 国家錬金術師の『鋼の錬金術師』であるエドワードが『鋼』たる由縁の左足と右腕の機械鎧の修復に ロックベル家を訪れたのは、『傷の男』に完膚なきまでに機械鎧を破壊されたためであり、たとえ母の墓前に花を添えて、彼ら兄弟のはじまりとなった生家の焼け跡で決意を新たに胸に刻もうとも――――



「な……なんだこりゃ……」

 母を錬成したときに使用した錬成陣は使用できぬように破壊したはずだった。
 それなのに――――

 家の面影を炭化した瓦礫に求めていたエドワードの瞳を驚愕の色が染める。

 突如現れた光芒纏う人体錬成陣の中に、人が立っていた。
 淡い光で体が覆われ、輪郭だけが際立つその姿は、エドワードがあの時触れた真理に酷似して。

「あ……」
 逢魔が刻を緩やかに染めるみどりのひかりは、エドワードの視界を一瞬覆い、すぐに消えた。
 錬成反応の白い煙が風に流されて視界が元に戻ると、錬成陣は跡形も無く消え去っていた。
 そこには、瓦礫しか残っていないはずだった。

 背中まで伸びた山吹の髪、白磁の肌。緩やかな稜線を描く体はすその長いワンピースに包まれ、規則正しく上下していた。薄紅のふくよかな唇はかすかに白い歯を除かせ、柳眉は穏やかな形を保っている。

「…………」

 一番大きく残った家の壁にもたれるように、夕日に染められた少女が眠っていた――――

 呆然と立ち尽くすエドワードに ロックベル家の番犬デンが鼻先を彼のズボンに押し付けた。
「あ、ああ、わりぃ」
 視線を一度デンに向けたエドワードは、再び少女を見た。
「――おい」
 軽く声をかけてみるが、少女は目覚めない。
「……チ、しゃあねえな。デン、ウィンリィ呼んで来てくれ。今のオレじゃなにもできねえ」
 一吠えしたデンは踵を返し家に駆けていった。その後姿が見えなくなるまでエドワードは見やっていたが、すぐに丘の向こうにその姿は消えていった。
「――さて」
 代用の義足では満足に動けず、右腕が無い今は担いで帰ることもできない。
 すう、と深く息を吸い、
「起きろコラァ――――!!!!」
 大気が震え、山にこだまするねぐらに帰る途中の野鳥が列を乱す。
 山彦が消え行く夕日にかき消されるまでエドワードは立ち尽くしていた。


 少女は目覚めなかった。
 代わりに半径1キロ圏内の住民は数時間ほどエドワードの怒鳴り声が耳から離れなかった。

「ったく、どーゆー神経だよこの女」
 嘆息して少女のそばに片膝をつき、肩を揺さぶって声をかけた。
「おい、起きろって」
「ん……」
 身じろぎする少女からかすかに香る、花の香りに似た芳香。間近でみると着ている服は結構薄手で、上下する胸のふくらみが、鎖骨に落ちる影がよく判って。
「っ……ああもう起きろってば!」
「ん〜……」
「起きろ〜〜〜〜〜」
 がくがくがくがく。
「ちょ……やめ……」
「いいから起きろ! 一片のかけらも無く起きろ――!」
 がくがくがくがくがくがく。

 頬を染めたエドワードは必死に肩をゆすった。必死になって起こそうとしていた。
 故に気づくのが遅く、微動だにしなかった少女のしなやかな白い手が自分の頬に添えられた、と気づいたときには――――

「いい加減にしろ――――っ!!」

 …………宙を舞い、大地と強烈な抱擁を交わしていた。



  は呆然としていた。てっきり相棒のいたずらかと思っていつものように投げ飛ばしてみたら、自室でもなく、学校でもなく、見慣れぬ山と、残照を残す夕日と――目を回して転がる、右手左足が義足の年端も行かぬ子供がそこにあった。しかも右腕は義手そのものが無い。

「な……」
 投げ飛ばした己が腕、そして体を調べるが、魔術が行使された痕跡は無く、不調も感じられない。寝るときに不精をして革のサンダル履いたままで寝たのが幸いし、足も痛くは無かった。伸びた子供をちらりと見やり、口許に手を当てて一人ごちる。そして『彼』を喚んだ。
『スティア』
 古代より人と精霊をつなぐ言語で、契約した風霊を喚ぶ。
 ――――いつもなら声をかけるより早く語られる彼の声はいつまで待っても に届かず、肌をなでてゆく風の言葉も の知る種類の言語ではないため、何を言っているのかまったく判らなかった。
「――――これって」
 つぶやき終えないうちに顔を上げる。丘の向こうから、何か大きなものとちいさなものが向かってくる気配がした。敵意は無いが――――
 手のひらに小さな光球を創ると、魔術の威力自体は弱まっているが、使役できない状態ではないことに安堵して丘を見る。
 疾走してくるのは、巨体に似つかわしくない愛らしい曲線を描く前髪と髭をもつ男だった。そして視線がまっすぐに を捕らえて、すぐそばにひっくり返っている少年にわずかに視線をずらすが、注意は に向けられている。
  はすぐに光球を消して、駆け寄る男をただ待った。



 デンに先導してもらいながらアームストロング少佐は丘を駆けた。実に賢いこの犬は、エドワードの護衛役を買って出かけていたようだが、息せき切って彼だけで戻ると、すぐに自分のスーツの裾を軽く引いて一吠えしたのだ。
(むう、我輩の助けを必要としているのだ)
「出かけてまいります」とピナコ・ ロックベルに声をかけてデンのあとを追うこと十分弱。
 エドワード兄弟の母が眠る墓所のそばの丘の上に、焼け跡が残る木が見えた。
 そして――――ひっくり返ったエドワードの傍らに、可憐な姿に物騒な光を手にして、油断無く立つ少女の姿が見えた。
(…………面妖な) 
 己の間合いでアームストロングが足を止めると、デンも異様な状態に気づいたのか、それ以上は少年と少女に近づこうとはしなかった。
 アームストロングは少女を見つめ、口を開く。
「我輩は『豪腕の錬金術師』アレックス・ルイ・アームストロング。貴公の名は?」
 
(言語の構成は同じ…………。しかし、錬金術師? 名乗りを上げるということは技術として相当な代物だということか。魔術の補足でしかない技術が台頭している世界――――)
  は頭を振って、アームストロングに告げた。
「我が名は 。アレックス・ルイ・アームストロング殿。敵意は無い。 と呼んでほしい」
 はっきりとした物言いにアームストロングは少なからず好感を持った。
「我輩もアームストロングでよい。されど よ、そこの少年はエドワードというのだが……なぜ、のびているのだ?」
「あ――、わるい。寝ぼけて投げ飛ばした」
「なるほど」
「って納得してんじゃねぇ――――!」
「あ、起きた」
 義足をきしませ、エドワードは飛び起き、少女に詰め寄った。
「てめぇ、何者だ?」
 眼光鋭く問うその姿はひとかどの戦士であり、幼さは微塵も感じられなかった。
「……私は と呼んでくれ。投げ飛ばしたのは悪かった。ごめん」
 頭を素直に下げられ、エドワードの闘志もそがれたのか、ばつが悪そうに頭を掻いてから に言った。
「……オレはエドワード・エルリック。……エドでいい」
「エドか。……よい名だ」
 男勝りな口調なのに、その笑みはひどく可憐で――――
「……照れているのかエドワード・エルリック」
「うるせェ!!」

 顔を赤くして反論するが効き目は無かった。




「さて、 よ、聞きたいことがあるのだが?」
 アームストロングがデンを伴い とエドの傍による。対する もまた、苦笑を浮かべてアームストロングに言った。
「私も、聞きたいことがある」
「オレもだ」

 三者三様に問いを投げてしまうと、事態は三すくみというかその歩みを止める。
 再度苦笑した は年長者に優先権を促した。
「この町は小さな集落だ。よそ者がいればすぐに知れるほどに。特に若く可憐な女性であれば尚更。だが、ここに来てから誰も――そなたの特徴を含めた人物の話を ロックベル家からうわさも何も聞いていない。もしそなたが幼馴染などで、年が近しいならば今日にでもウェルロック家をそなたは訪れているはずだ。だがそんなことは無かった…………つまり、そなたはここのものではないということではないか?」
「……」
「その通りだな」
 なぜか驚愕しているエドをよそに、 は真摯にうなずいた。
「私の知る場所では無い。おそらく――――世界そのものが異なっている」
「……!」
「……」
 突拍子も無い の言葉にエドは目を白黒させ、嘆息したアームストロングは に聞いた。
「なぜ、そう言い切れる?」
「私の世界では錬金術はさほど発達した技術ではない。代わりに魔術が文明の礎となっている。だが――アームストロングは『豪腕の錬金術師』と名乗った。つまり、錬金術を以って文明が成り立っていなければそんな物言いはできない……違うか?」
「…………確かに錬金術が文明の一端である事は認めるが…………その、魔術、とは?」
 言いよどむアームストロング。魔術など科学の最先端であるこの世界では眉唾物でしかなく、見世物小屋でもほとんど見かけない状態だった。
「…………あんたが現れたとき、オレの家で使ったことがある錬成陣が突然働き出した。壊したはずの錬成陣で!」
 エドワードが唸るように話す内容は引っかかるところはあったが、 は心に留めるだけにして口を開いた。
「なにかを、練り、成す導ということか。……まあ、百聞は一見に如かずってね。なぜこの世界に喚ばれたのかは追々考えるとして……魔術をお披露目しよう」

 エドワードとアームストロングから二メートルの間合いを取り、 は自然体で深呼吸をする。
「初歩的な魔術は呪文を唱える。もともと自然界に存在する精霊の力を借りて奇跡を起こすから、仲立ちとなる言葉が必要だ。最も――上級魔術師ともなれば、詠唱は短くすることができる。術者のレベルに拠るがね。――――さて、そこに焼かれた木がある。それを甦らせて見ようか」
「……なんだと?」
「この木はとっくに焼けて……」
「見た目はな。だがかすかに命が、芽吹こうとする意思がある。『――大地の息吹よ』」
「――――っ!」
「なんと……!」
  のかざした手からオレンジの淡い光が走り、木を包み込んだ。
 陽炎のように木の形が揺らめき――――木の根が、幹が、枝が、葉が――――成長速度を何倍にも速めて育ってゆく。
「な…………」
「むぅ……」

 時間にして十五秒ほどだろうか。エルリック家を見守ってきた木は、在りし日の姿を完全に取り戻していた。

 驚きで声が出ない二人に は口端を上げて言った。

「これが魔術だ」



「す……すげぇ――――!」
 エドが興奮して叫び、 に駆け寄る。
「なぁなぁ、 は行く当てあるか?」
「……あったらいいがな。どこにも無い」
「じゃあさ、オレん家……じゃなくてウィンリィん家来いよ! 大丈夫だって! ピナコばっちゃんもウィンリィもいい奴だからさ! な!」
「あ……まあ、歓迎してくれるのは有難いが……」
 エドのはしゃぎように困惑する に、アームストロングが声をかけた。
「そうするがよい。我輩もロックベル家に世話になり数時間だが、人となりは実によい。それに――魔術の存在は秘匿すべきだろう。一見錬金術に見えなくも無いが…………知る者がみればまったく体系が異なる技術と知れよう。そうなれば大総統府は黙ってはおらん」
「あ……」
 エドの顔から喜びが消え、翳が落ちる。
「察するに、国家が錬金術師を管理しているように聞こえるが、そうなのか?」
「その通りだ。我輩は大総統府中央司令部に属する少佐であり、エドワード・エルリックも国家錬金術師であり――『鋼の錬金術師』として名を馳せている」
「へえ、エドはすごいんだな」
「……ま、まあな!」
 純粋に褒められ、照れ笑いのエドにアームストロングは続けた。
「異界より訪れた よ。我輩は歓迎しよう」
 手を差し出された は笑みを浮かべて応えた。
「ありがとう。よろしく」
「……オレも!」
 左手だけどな、と付け加えてエドが手を差し出した。
「よろしくエド。しばらく厄介になるな」


 触れた指先はとても柔らかく、同じ素材でできているなんて到底思えなかった。





のこちらでの設定はこうだ。錬金術の何らかの工程が失敗して、錬金術師の は空間転移してきた。自分の名前や家族など、大体のことは覚えているが、住んでいた町の名前だけ抜け落ちてしまっている。中央に戻ればそこで身元を確認できるので、そこまで同行することにした――――』

 …………確かに、次元転移は要するに空間転移ともいえるわけで、アームストロングの考え付いた嘘は消して的外れじゃないし、身元確認で中央まで同行するのも、元の世界に戻るのに何かしら役立つ書物が国立中央図書館ならあるだろうし。何より賢者の石の生成法を記した文書も見に行くから、エドにとってなんら不都合は無かった。
  ロックベル家に戻ってからアルフォンス、ピナコ、ウィンリィに空間転移の状況(仮)をそれらしく語る にも驚いたが、言葉の端々で表現がおかしくなる のフォローをするアームストロングにはもっと驚かされた。
 魔術というまったく体系の異なる技術に触れられる機会など、この先どれだけあるかわからないし、 は気持ちのいい奴だから、同行するのはなんら問題が無い。
 そう、問題は無い、が。

「ねーねー ってホントお料理上手ね、これすごい美味しい!」
「うむ。実に美味である」
「煮物ひとつ取ってみても、いろんな味があるんだねぇ」
「いいなー。ボクも食べてみたいなぁ」
「ありがと。そんなに褒めてもらえると嬉しいよ」

(何でこう順応力たけぇんだよ…………!)

 エドとアームストロング、そして ででっち上げた嘘を、ウィンリィもピナコもあっさりと信じた。アルフォンスも、いまだ修復できない鎧姿を見ても全く動じることなく挨拶し、声をかけた を気に入ったようだ。デンは最初にあの丘で陥落している。
 特にウィンリィが異様にはしゃいでいた。機械と格闘する日々には同年代の女の子と遊ぶ機会があまり無いせいか、仕事に手を抜いているわけではないが、ずっと と話している。
  には機械鎧の知識はまったく無かったが、エドワードが教えた概念のみ理解しているだけの状態がかえってウィンリィやピナコに様々な質問をするのに都合がよかった。 は快活なウィンリィとすっかり気が合ったようで、ごく普通の少女として行動し、お世話になりっぱなしは申し訳ないと、故郷の料理を振舞ってくれたのだ。
 たしかにリゼンブールには無い独特の味付けの根菜類の煮物は美味しかった。
 一家言もつと自信満々で淹れてくれた食後の紅茶も下手な喫茶店よりも味がよく、コーヒー党だらけの面子に紅茶の再認識をもたらしてくれた。

(でもなぁ)
 なにか、胸にとげが刺さっているような苛立ちが止まない。嘆息したエドは「散歩」と短く言い放ち外に出て行った。
 
 魔術を使ったときのあの眼差し。翠の瞳には確かな力が漲り、ただ魅入られていた。
 握手したときの手の柔らかさ。近寄り、声をかけたときの芳香。
 ウィンリィとは違う種類の暖かさ。

「なんだかなー」

 家から少し離れた草むらに寝転がり、満天の星を見る。悠久に夜空を彩る星は何も答えず、かえってエドの苛立ちは募るばかりだった。目を瞑り、細く輝く月の光を浴びていると、不意に闇が濃くなったので目を開けた。
「あ」
「よう。そろそろ寝ないと明日起きれないぞ?」
「…………いいじゃねーか。別に」
 ごろりと不貞腐れてまた目を瞑る。ピナコの差し金だろう。アームストロングは入浴中だったし。
 そろそろ眠気が訪れるのはよく判っていた。だが、どうにも眠る気になれなかった。
「ふむ。何か思うところでもあるのか?」
 不思議そうな の声が降って来る。まーな。と面倒くさそうにエドが言うと、不意に、エドの頭に暖かいものが触れた。
「…………悩むな、とは言わないが、一人で抱える時間が長いと心配する奴が出てくるものさ。私のことで迷惑をかけているのはわかるが、思うところがあるなら遠慮なく言ってほしい」
 弱々しい声を初めて聞いたエドは飛び起きて反論した。
「ち、違うって、別に はすげえって、あんなにフツーに溶け込んでるし、アルも懐いてるし、みんなもそうだし、そういう事じゃないんだ!」
「そっか……じゃあ、なんで困った顔してたんだ? ご飯のときも、その後も」
「う…………」
 かすかな月光と、星が大地を照らす。さえぎるものの無いここでは、 の顔がよく見えて。
 可愛い、というよりは綺麗な顔立ち。纏められていない背中までのびた山吹の髪が、夜風に揺れて、また、あの芳香がエドの鼻をくすぐる。顔半分だけ高い を見上げ、エドは言葉に詰まった。
「どうした?」
「そ……その顔!」
「?? 顔に何かついているか?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ何だ、言ってほしい」
「顔近づけるな――!」
 ああ、昼間なら茹蛸のように真っ赤だろうな、そうエドは自覚した。
「ん? 山の夜風は体を冷やす。熱が出てきたんじゃないか……?」
「ちーがーうー!」
 ひた、と、 の柔らかい手がエドのおでこに触れた。
「あう」
「んー、平熱は高そうだが、それでもやや熱いな。ほら、帰って寝よう。よく眠れる飲み物を作るから」
「…………」
 もはや物言えぬエドに は素直になったと思い、エドの手を引いてロックベル家に戻っていった。




「――なんだかなー……」
 家に戻ってもテーブルに突っ伏してエドは何度目か分からなくなった呟きを漏らした。
「何がだい」
「…………なんでもねぇ」
「おかしな奴だねぇ」
 嘆息してピナコはエドの機械鎧の図面を引き直す。算盤と図面を交互に見やり、絶え間なく新しい線と言葉が書き足されていく。
 戻ってみるとエドが思うより時間が経っていて、アルもアームストロングも床についていた。最もアルは魂のみなので実際に睡眠を取るわけではないが。
「お待たせー、ピナコばっちゃん、ウィンリィ、エド、お茶淹れたよ」
「おお、ありがとうな」
 入浴を済ませ、ウィンリィのパジャマを借りた がトレイに湯気を立てたカップを持ってきた。
「ばっちゃんちはハーブがいっぱいあるから、いろいろ使わせていただきました」
 言いながら各自にマグを置いていく。
「へー、ミントのミルクティ?」
 二階の作業場から降りてきたウィンリィが珍しげに訊く。
「そう。徹夜するって言ってただろ? 眠気覚ましになると思ったんだ」
「……うん。意外にあうんだね」
 ピナコが頷く。
「でしょ? 面白いよね……ってエド? どうした?」
「…………」
 エドが仇敵のごとく見つめているマグに満ちているのは――牛乳の煮出し紅茶。
「あー、そいつ牛乳大嫌いなんだ」
「ありゃ。そうだったのか」
「なーにいい機会だ。飲んでおきな」
  はエドの隣に座り、煮出し紅茶を凝視するエドに言った。
「あー、その、何だ。ホットミルク系ってよく眠れるんだけど、嫌いだって知らなかったから。……ごめん」
「……いや。嫌いは嫌いだけど、でも飲まなきゃならねえ」
「重大な必要性を感じているのか」
「ああ…………」
 実に深刻に語るエドに、ウィンリィは止めを刺した。
「なぁに言ってんだか。背が伸びないのは牛乳飲まないからでしょ」
「っせーな!! 牛から分泌された白濁色の汁なんぞ飲めるか!!」
 真っ赤になって反論するエドに、 は爆笑した。
「な……」
「牛から分泌された白濁色の汁か! たしかにそうだ!」
 涙を流し、一人受けている をみて気が削がれたのか、エドは軽く煮出し紅茶に口をつけた。
 煮出しているのに牛乳特有の生臭さが弱く、代わりに紅茶の程よい渋みと甘いオレンジの香りが口腔に広がり、
「……けっこういける」
 何かに勝った表情でエドはつぶやいた。
「ええ――!?」
 ウィンリィが驚愕の声を上げた。
「ちょ、ちょっと一口」
 てめえ、とエドが憤慨するがかまわずウィンリィは煮出し紅茶を口にした。
「あ、おいしいこれ。マーマレードで甘くしてあるんだ」
「返せよコラ!」
 ひったくるようにマグを取り戻し、一口。
「どうだ?」
 ようやく回復した が期待の眼差しでエドに聞いた。
「…………うん。うまい」
「そっか。よかった」
 苦笑したようで、でも嬉さは溢れていて――――

 エドはまた顔を赤くして に不思議がられていた。






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