「素敵ねぇ……。このデザイン」
「随分装飾が多いな」
 ゴッズ中央支店のショーケースに陳列する機械鎧のすべてに彫り付けか打ち付けかの装飾が施されて、機械鎧というよりは上質な家具の文様がそこかしこに鎮座していた。
「日常で使う物だから、あんまり飾りつけってできないの、使用者の負担にもなるし」
「だがここのものは全てといって良いほど飾り立ててあるな」
「そこがゴッズのすごいところなのよ! 飾りもデザインも優雅なのに負担にならないように綿密に計算してるの!」

 歳若い女性が感動の眼差しで機械鎧を眺め、連れに素晴らしさを諭す姿は人目を引き、店員が声をかけたのは上質の鱒油を精製した機械油の棚に移動したときで、ウィンリィのフルネームを聞いた店員は慌てて店長を呼び出した。



「ロックベル技師のお孫さんでしたか、ピナコさんはお元気ですか?」

 ガウェインと名告った中年の男は二人を上客用の応接間に通し、女性店員が淹れたコーヒーをすすめた。

「全然元気ですけど、祖母をご存知なんですか?」

「はい。この仕事について間もないころ、少しだけピナコさんの下で修行させていただきました」

「……知らなかった……」

「ははは、あなたが生まれる前の話だと思いますから、知らなくて当然ですよ」

「ばっちゃんもそーいうこと本当、言わないから」

「ピナコさんは技師というよりは職人ですからね、口が固いのも仕事のうちです」







 幾つか油を譲ってもらい、機械鎧にかける信念と今後の有り様について語らうとすぐに時間は過ぎて。

 正午の鐘を窓越しに聞いて二人は店を出た。

「んー、堪能堪能。来てよかった!」
「嬉しそうだな」
「もちろんよ! 情報交換はリゼンブールじゃ難しいもの。それにばっちゃんに頼ったよーな結果でもつてはできたし、運がよければ工房にもお邪魔できるし」
「夢は広がり、道は拓かれる、か。よかったな」

「うん。いっぱい話したらお腹すいちゃった。ご飯、どこにしようか?」
「そうだな――」

 軽装ではレ・プラタイアに入れないし行く気も無いしと思ったところへ、中心地に向かう乗合馬車が目に入った。

「一軒おすすめのところがあるけど、そこで良いかな?」

「行く行く!」







 乗合馬車を降りて小路を抜け、キッチン・オリビオを訪れるとさすがに昼時とあって軍人も勤め人もごった返す大繁盛で、ウェイターのリチャードがの顔を覚えていなければカウンターに座ることも難しかった。

「今日の日替わりはAがハヤシライスと茸とアンチョビのサラダにスープ、Bならエビフライと笹身のチーズ巻きとパンかライスにスープだよ。あとはメニューから選んでね」

「あたしはBかな」

「じゃAで。半分こしよう」

「それいい! そうしよ!」

「かしこまりましたお嬢様方」

 仰々しいスタイルを取るのも一瞬で、テーブルからお呼びがかかってリチャードはすぐに小走りで去っていった。


「良くこんな穴場っぽいところ見つけたね」

「なに、ブロッシュがさっきのウェイターと幼馴染らしくて、この前皆で来た事があったんだ」

「へぇ、賑やかだけどうるさくないって不思議」

「うん。こういうところが好きなんだ。地元でも同い年ぐらいのお嬢さんがはしゃぐ店が苦手でね」

「あー、ならそうかもね、あたしは一緒にはしゃいじゃうな」

「ウィンリィはそんなにかしましくないよ」

「そ、そうかな」

「うん。エドとアルの口喧嘩のほうが五月蠅い」

「あはは! 確かにあいつら良くしゃべるからね!」


 ――――ドレスを着てアレックスの家に挨拶に行ったり妹君とデートをした近況を話す。がこの世界に最初に魔術を使ったあの樹に登ってみたと、ウィンリィは言った。

「はじめはびっくりした。記憶の中の樹が、そのままで」
「そうか」
「大きくなって登りやすくなったと思ったけど、逆に手足が上手く動かなくて、すっごく大変だったわ。でも樹の上から見る景色はすごく――綺麗だった」
「ああ、リゼンブールのほとんどが見えるみたいだからな」
「……たまには電話しなよ」
「あ、うん――――」
「番号わかるよね…………あ、掛け方」
「実は解らん」

「あとで一緒に電話しようか」
「……頼む」







 その日の夕食はマリアのリクエストによる鶏肉と山菜の炊き込みご飯と根菜スープ、青菜と牛肉の細切り炒めを作ってからヒューズ家に向かい、グレイシアに同じメニューを提案するとメインディッシュをハンバーグから筍と豆のコロッケに変えて作ることになった。

 細切りの筍と豆を薄味に煮付けてジャガイモを粉吹きにして粗熱を取り、塩、胡椒をふって黄身と冷ましておいた飴色の玉葱をこねてすでにパテとなっていたハンバーグになる前の合い挽きをほぐして筍、豆、ジャガイモとあわせて俵型にる。後は小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけて揚げれば出来上がりである。

 ――――というのはいつもの作り方で、今日のコロッケは一味違う仕上がりが待っていた。

「ほら、おほしさまだよ!」

「エリシアちゃん上手だねー」

「おねえちゃんもすごいね、まんまるだよ!」

「あはは、これから俵にしようかなーと」

「自分で作った分はちゃんと食べるんだぞ」

「エリシアちゃんが作ってくれるならパパは何でも食べちゃうぞ!!」


 エリシア特製コロッケはエリシア自身の分以外はすべてヒューズが食べてしまい、グレイシアに食べてもらえなかったことでひと騒動はあったが、つぎにエリシアが作った分を全てグレイシアが食べる、ということで決着がついた。


「ひどい……パパもエリシアのお料理食べたいよう……」

「ママのぶん、のこさなかったでしょ!」

「だって食べたかったんだもん」

「こんどはママといっしょにたべるって、やくそくする?」

「うん! するする!!」

「うーん……じゃあ、いいよ!」

「ありがとうっ! エリシアは優しいなぁ」

「やくそくだよ!」

「はーい。パパは約束をまもりますっ!」

「さあエリシア、お風呂にはいりましょうか」

「うん! おねえちゃんたちとおふろはいる!」

「あらいいわね、その間に片付けておくからいってらっしゃいな」

「パパもエリシアちゃんと入りたいなぁ」

「パパはあしたいっしょにはいってあげるね」

「うーん……今日がいいなあ」

「わがままいわないで、がまんしなさい!」

「はーい。いいこでがまんします……」





「わー。リィおねえちゃんてママみたいにおっぱい大きいね」
「っそ、そうかな?」
「素直に認めてくれ。こっちが空しくなる……」

 色とりどりのお風呂用のおもちゃとカラーボールに囲まれての入浴で、湯の中で手を合わせ水圧を利用する水鉄砲の指南に夢中になり、浴室から脱衣所に出た時は三人とものぼせ気味だった。

おねえちゃん、ママのパジャマぶかぶかなんだね」
「流石にもう大きくならないからな、エリシアはママぐらい大きくなりたい?」
「うん! パパよりもおおきくなるんだ!」

「……想像しちゃった……」
「どう想像したのかぜひ聞きたいところだな?」









 翌日も行ってきます、と声をかけて、休みが明けて軍服を着たヒューズと三人で病院に向かうと、来たばかりのウィンリィにエドは切符を買ってきて欲しいと頼み込んだ。

「え、じゃあ今日にも退院できるの?」
「朝の回診で約束させた」
「まだ完治してないんじゃない……」
「まあまあ、移動中にほとんど治るよ」
「うーん……がそう云うなら。いいわよ、行ってきてあげる」


「上手く追い出したな」
「聞かせたく無ぇ話があるからな」
 苦笑するエドに、は微笑み返して。そのとき、マリアが来客を室内に招きいれた。

「む。揃っておるな。中佐もご苦労様です」
「おう」
「おはよう、アレックス」
「うむ。随分と顔色が良くなったな」
「ヒューズの所でのんびりさせてもらったよ」
「俺んちは飯がさらに豪華になったぜ」
「善き哉、善き哉。さて……聞かせてもらおうか? エルリック兄弟よ」



 無人のはずの元研究所の顛末は、生粋の軍人には青天の霹靂だった。



「――――で、こいつに蹴られたあとは、もう覚えてない」
 エドが描いた人相書きのエンヴィーは特徴を捉えてはいたが、絵心があるとは言い難く、は吹き出したい衝動を必死に堪えていた。

「魂のみの守護者……貴重な人柱……生かされている……エンヴィーなる者……マルコー氏曰く、東部内乱でも石が使われていた……」
「ウロボロスの入れ墨に、賢者の石の錬成陣……」
「ただの石の実験にしては謎が多いですな」
「これ以上調べようにも、いまや研究所はガレキの下だしな」

 エドたちの手前、付加情報を言えずに黙りこくるヒューズとアレックスに、は言う。

「証拠隠滅を図るために爆薬を仕掛けるには、時間も人手も要るが……元々自由に出入りできたし、権限もそこそこあると考えるのが妥当だな」
「もしくは協力する人物がいるか、だな」
「不要とあれば後先考えずに簡単に切り捨てる強引さと……桁違いの強さの手駒。トップは頭が良すぎるか只の莫迦のどっちかだな」
「何でそう思うよ」
「人命を軽んじる賢者の石を製ってる時点で想像できるだろ」
「……まあなあ。まっとうに生きてりゃ、まず実行できねえ」
「軍部は二つの貌があると見て間違い無いなぁ」
「清濁併せ呑む気質は好きだけどよ、やりすぎたな」
「まずは何故、賢者の石を求めるのか……その理由を探るべきだろう。宗教がらみはありがちな線だが、常人離れした思想かも知れないからな」


「理由……ねえ」
「犯罪者の心理に同調する手法でどうか……」

「う――――ん」

 上司の唸り声をドア越しに聞くブロッシュは視線をマリアに向けて言った。

「なんだか難しそうな話をしてますが」

「これ以上危ない事に首を突っ込みたくないから聞かない!」

 まっとうな反応に同意したとき、

「あー君達、鋼の錬金術師君の病室はここかね?」
「はい、ここで……」

 個人情報保護を考える暇も無くマリアが口を開き、そのまま――――




「軍法会議所で犯罪者リストでも漁れば何か出てくるかも知れねえな」
 シンボルマークは統制を取るために使用されることが多い。自らの尾を嚼む蛇は特徴ある図柄なだけに、過去の犯罪に関わりがあるかもしれないとヒューズは思った。

「では我輩はマルコー氏の下で石の研究に携わっていたと思われる者達を調べてみましょう」
 マルコー氏の善性を知れば人間が行えるものだったと思える。だが、彼らのシンパが次第に変質させていったと仮定すれば、発生時期などが掴めるかも知れないとアレックスは思った。


 そんな時にノックが二回聞こえて、いらえを待たずに入ってきたは――――

「邪魔するよ」

「キング・ブラッドレイ大総統!!」

 不似合いな袋を提げて、護衛も連れずにブラッドレイが空いていた片手を挙げて言った。

「ああ、静かに、そのままで良い」

「は……」
「大総統閣下、何故、このような所に……」
「何故って……お見舞い。メロンは嫌いかね?」
 言いながらエドに袋のままマスクメロンを手渡すブラッドレイ。
「あ、ども――じゃ無くて!」
 あまりにも普通に渡されて受け取ってしまったエドは突っ込みを入れるが、ブラッドレイはかまわずにアレックスを見て言った。
「軍上層部を色々調べているようだな、アームストロング少佐」
「はっ!? あ……いやその……何故それを……」
「私の情報網を甘く見るな。そしてエドワード・エルリック君――――賢者の石だね?」
「!!」

 身を竦めるエドを見下ろし、ブラッドレイは厳かに告げる。

「どこまで知った? 場合によっては――」

 誰もが、次の言葉を待ち、沈黙が息継ぎすらも止めている中、エドだけが自分を睨むのを見てブラッドレイは呵呵大笑した。

「冗談だ! そう、かまえずともよい!」

「は?」

「軍内部で不穏な動きがある事は、私も知っていてな。どうにかしたいと思っている。だが……」

 備え付けのサイドテーブルに置かれた書類を手にして目を落とした。

「あ……それは……」
「ほう……賢者の石の研究をしていた者の名簿だな。良くここまで調べたものだ――――が、この者達全員行方不明になっているぞ」

「……!」

「研究所が崩壊する数日前にな」

 書類を置き、窓の外に目をやって、ブラッドレイは口を開いた。

「敵は常に我々の前を行っておる。そして、私の情報網をもってしてもその大きさも目的も、どこまで敵の手が入り込んでいるのかも掴めていないのが現状だ」

「つまり……探りを入れるのはかなり危険である……と?」
「うむ」

 居並ぶ部下と国家錬金術師、そしてを見回して。

「ヒューズ中佐。アームストロング少佐。エルリック兄弟。そして。君たちは信用に足る人物だと判断した」

「お待ちください、閣下」

「何かね、
「私を軽々しく信用すると口になさるのは如何かと」
「ほう?」
、何を言い出すんだ」
「私の出生や所属は今も不明ですし、記憶も定かでない者に信頼を置くべきではありません」
「ふむ……正論だな」
!」
 エドの制止を無視しては続けた。
「もし、信頼をいただけるのなら……その理由をお聞かせ願えませんか?」

「簡単だよ。アームストロング少佐が君を信じている。おまけに彼の父君も君を信じた。それでは駄目かな?」

 一国の主のあまりにも簡潔な答えには目を丸くして。

「ありがとうございます」

 花のような笑顔を見れたブラッドレイは満足げに頷き、再び五人を見回して告げた。

「君達の身の安全のために命令する。これ以上この件に首を突っ込むことも、口外することも許さん! 誰が敵か味方かもわからぬ状況で何人も信用してはならん! 軍内部すべて敵と思い謹んで行動せよ!」
 そこで一拍置くブラッドレイ。
「――――だが! 時が来たら、君達には存分に働いてもらうので覚悟しておくように」

「は……はっ!!」

 力強いセンテンスと独特の口調はまるで演説のようで。間近で、しかも自分たちだけのために言葉を向けられて、ヒューズもアレックスもただただ萎縮したまま敬礼を返した。ブラッドレイは頷きで話を締めようとした時、

「閣下――――!!」
「大総統閣下はいずこ――――!?」

「む! いかん! 五月蝿い部下が追ってきた!」

 応えを待つ声はどんどん近づき、ブラッドレイは窓を開けてレールに脚をまたいだままエドたちに言った。

「仕事をこっそり抜け出してきたのでな! 私は帰る!」

 あっけに取られながらも見送る面々に、ブラッドレイは悠々と徒歩で去って行く。

「また会う事もあろう。では、さらば」

 姿が見えなくなっても動けなかった。



「大総統って面白いな」

 つぶやきと共に一服を始めた以外は。








「閣下ぁああ!!」

「……?」

 泣きながら誰かを呼ぶ軍人が通り過ぎてウィンリィは怪訝に思ったが、声が外で聞こえるようになるとすぐに遠くなったのでそのままエドの元に戻った。

「ただいまー……?」
 病室の前のマリアも、ブロッシュも、何かに驚いた顔をしたまま動かなかった。仕方なしにドアを開けるが、こちらの面々もまた、以外はドアの前の二人と一緒だった。

「あれ。どしたのみんな。外の二人も固まってるし」

「いや……嵐が通り過ぎた……あーびっくりした」

「なんのこっちゃ。はい、頼まれてた汽車の切符買ってきたよ」
「お、サンキュー!」

 切符を見て喜ぶエドに、アレックスは呆れて言ってしまった。
「なんだ、せわしないな。怪我も治りきってなかろうに」
「いつまでもこんな消毒液臭いところにこもってられっか! 明日には中央を出るぞ!」
「今度はどこ行くんだ……ダブリス?」
 耳した地名には思わず微笑んだが、エドの視界にはその姿は映らなかった。
「どこ、そこ」
 素直なウィンリィにアルが路線図を広げて示した。
「えっとね……南部の真ん中あたり」
「あ――――!!」
 突然のウィンリィの叫びに驚くアル。
「うわ!」
「ここ!! ダブリスの手前!!」
 勢いでウィンリィは路線図を堅く指差して言った。

「ラッシュバレー? 何かあるの」
「機械鎧技師の聖地ラッシュバレー!! 一度行ってみたかったの〜!!」
 大輪の薔薇を背負って陶酔するウィンリィを兄弟は遠くから眺めていたが、現実に戻ったウィンリィは当然の権利を主張した。

「連れてって連れてって連れてって連れてけ!」
「一人で行けそんなところ!」
「誰が旅の費用を払うのよ!」
「オレにたかる気か!」
「いいじゃない? ついでだし」
「しょーがねえなあ」
「やった――!! リゼンブールにすぐ帰るつもりだったけど予定変更! ばっちゃんに電話してくるね!」

 スキップしながら病室を出ていくウィンリィへ、年長者たちの賛辞が添えられる。

「元気だなぁ」
「流石ウィンリィだ」
「うん。いい嫁さんになるぞ。うちの嫁さんほどじゃないけどな」
「オレに言うな! そしてさり気にのろけんな!!」






 退院手続きを取った一行はヒューズ家で退院祝いの会食を催してくれることとなり、ブロッシュもマリアもヒューズ家の団欒に参加したので一気に遊び仲間が増えたエリシアはとても喜んでいた。喜びすぎて遊び疲れて寝入る時間が一時間ほど早まったのは大人たちには好都合で。
 中央最後の夜ということもあって、夕食後のひとときも賑やかだった。



「っはー……食った食った」
「またお腹出して……」
 上着を脱いでシャツのすそからのぞく腹をさすって自分に寄りかかる満足顔のエドをアルがたしなめ、すっかり仲直りをした兄弟をマリアもブロッシュも微笑ましく見つめて。
「……なんだよ二人とも」

「幸せそうだから、ほっとしたの」
「お腹いっぱいでね」

 可愛い、とは流石に言えなかった二人の言葉の裏側は気付くことなく、エドは素直に言い返した。

「なんだよ、二人だってすっげえ食ってたじゃんか」
「そうねー、最近体重計が恐くて」
「ランニング一キロ増やしても追いつかないんだよなぁ」
「じゃあの飯を食わなくなれば戻るだろ」
「レシピはもらったから、今度は自分で頑張るわよ?」
「俺も食堂のおばちゃんに頼み込んでメニュー入れてもらった」
「……今度会ったときが楽しみだな」
 三人のやり取りに笑みを浮かべたグレイシアが口を開く。
「そうそう、エリシアもね、お料理に興味を持ち始めたのよ。の影響ね?」
「……素養はあったんですよ、元々」
「でもきっかけはこの前のコロッケよ。誰かが喜んで食べてくれるって、とても励みになるもの」
「……そうですね」
、顔赤いよ」
「ウィンリィだって自分の機械鎧賞められたら嬉しいけど照れくさいだろ」
「う……まあ、ね」
「うむ。研鑽しあえる存在があるということは実に良いことだ。この我輩にも!」
ー、茶くれ」
 突如上半身をはだけたアレックスを無視してエドは言う。
「だったらソファに座れ。行儀悪いぞ」
「へいへい」
「アレックスも話は聞くから脱ぐな」
「むぅ」
「まあ、鋼みたいな感触は面白いけど」
 ウィンリィの隣に腰を下ろすエドに紅茶を渡しながらは言い、ウィンリィは半信半疑の目差を向けて。
「えぇー、面白いの?」
「うん。これは一種の神秘だ。巌みたいだぞ」
「ふうん……ちょっと……触ってみたいかも」
「ああ――だから脱ぐなって。二の腕でいいじゃないか」
 再び上半身をあらわにしてダブルバイセップス・バックを見せ付けるアレックスに突っ込み、しぶしぶ上着を着て袖をまくったアレックスの二の腕に、ウィンリィは恐る恐る指を伸ばした。

「うわ、なにこれ」
「面白いよなぁ」
「皮膚の下に機械鎧入れてない?」
「歴とした我輩の筋肉だ。どうだ。見事であろう?」
「うわー……うわー……」
 そのまま自分の二の腕を軽くつまむ。
「うわー……」
 言い難いその表情にはからからと笑い声をあげた。
「自分と比べると本当面白いよなぁ?」

「でも、これはちょっと……」
「おっさんのは筋肉オタクってんだよ……」
「エド? ……ちょっと」
「うわ、なにすんだよ!!」
 唐突にウィンリィはエドの腕を掴み、アレックスの二の腕とエドの左腕をくっつけた。華奢なティーカップとソーサーが宙を舞うが、アルのナイスキャッチで破損は免れた。
「――!!」
 その感触のおぞましさにエドは瞬時に青ざめるが、ウィンリィはかまわず両者の感触を比較した。
「全然違うのね」
「――ったりめーだ!!」
 アレックスの肌とウィンリィの手から逃れたエドは嚼みつくように言った。
「こんな筋肉の塊と比べんな!!」
「成長期と大人を比較するなって……」
 苦笑するは淹れ直した紅茶をエドに渡し、大人たちはただただ笑うしかなかったが――――ヒューズだけはそ知らぬ顔で機械的にカップを口につけて。夫の態度に気付かぬ訳が無いグレイシアはそっと尋ねた。
「大丈夫?」
「ああ――」
「お仕事大変なのね」
「うーん、お仕事って言うか……」

「微妙に後悔してるんだろ、ヒューズ」
 皮肉な笑みを浮かべては言った。

「え?」
「お前……ストレートすぎ」
 驚くグレイシアに、ヒューズはそっと華奢な妻の肩を抱いてうなだれる。
「二者択一。再び問おう。どうする?」

 の真意を知るのは真っ先にを見つめたアレックスと、問いかけられたヒューズだけで。


「グレイシア」
「なあに?」
「俺はすごい幸せだけど、お前はどうだ?」
「幸せよ? とっても」
「俺はいつも思うけど、ずっとこのままがいいよな?」
「そうね。しわしわになっても」
「そ……」
「でも、あなたの進む道の邪魔はしたくないわ」
「……」
「もしかしたら、道の途中でも……死んじゃうかもしれないのよね?」
「――――」
 そう云うグレイシアの顔は優しくて。ヒューズは言葉を失うしかなくて。
「でも進むのでしょう? 自分のために、誰かのために」
「……ああ」
「道を進む貴方の側に居たくて、ずっと一緒に歩いていきたいけど、歩く早さが違うこともあるわ」
「――そう、だな」
「でも側に居ることは変わらない……だから、大丈夫よ」
 その微笑みは、ただ一人に向けられる最高のもの。

 小さな肩に口付けを落としたヒューズはに顔を向けてはっきりと告げた。

「乗りかかった船だ。付き合うぜ」






 魔術師であり、異界の住人であることをグレイシアに明かし、傷の男の件を理由に、納戸に仕舞われていたクリスタルの置物――コンペの副賞だそうだ――を魔術の証立てとして、は再び精霊の護りを皆の前で作り上げた。グレイシアの反応は思ったより穏やかで、奇異の目を向けることはせず、護りについてもすでにヒューズとアレックスの分があるからついでに製るというの言葉にも疑問を投げかけることは無かった。

「しっかし、グレイシアさんとエリシアちゃんの分はわかるけど……ロス少尉にブロッシュ軍曹の分もかよ」
 エドがテーブルに並んだ五個の棒状の護りをみて素直に言った。 
「危険が伴う可能性は拭いきれないし、そのままぽっくり死なせる気も無い」
「うむ。どこかの不遜な輩が高官の家族を狙うことも多い。二人にはその護衛の任についてもらうことにしよう」
 アレックスの言葉にヒューズが眉をひそめた。
「おいおい、そんな話し聞いてねえぞ」
「経路不明でも脅迫状は出せますからな」
「……でっちあげか?」
「急場しのぎでもトレインジャックの事件はまだ耳に新しいですからな」
 不適に笑うアレックスにヒューズは呆れつつも感心し、グレイシアに言った。
「この二人が何かと顔出すことになったから、宜しくな」
「まあ、お仕事が増えたのね」
「なに、丁度運動不足を解消したいと言っておりましたゆえ、お嬢さんの遊び相手をつとめてもらう予定です」

 当人たちが理解したのはヒューズ夫妻の宜しくね、という挨拶の言葉があってからだった。




 今回製った護りはヒューズとアレックスに渡したものよりもふた回りほど小さく、ご丁寧に紐を通す穴が開いていた。
って本当器用ねー……アクセ屋さんやれば?」
「工房をもてたら考えるよ」
 ウィンリィが自分用にと渡された護りに通すのは、グレイシアのアクセサリーから分けて貰ったシルバーの細い鎖。クリスタルは意外と重い鉱石なのだが、手にした感触は羽の様に軽く、石自体も冷たすぎず、身につけていることを忘れそうだった。
 グレイシアとエリシア、そしてヒューズの身辺警護を命ぜられたマリアとブロッシュも護りを手にして胸ポケットに仕舞いこんだ。偽の脅迫状がヒューズ家に届けられ、その警護にあたると言うのが二人の役割だったが、軍法会議所に所属してはいない身分のため、警邏程度に止めるものだった。


 確たるものが無い今、の口数は少なくなり、アレックスの薦めもあって今日はホテルに泊まることにした。





「帰っちゃったわね」
「あいつらが居ないと、変に静かだな」
 寝室で妻に膝枕をねだったヒューズは腕を伸ばし、グレイシアの髪をゆっくりと撫ぜる。ランプシェードの柔らかな明かりが微笑む妻の顔を優しく包んで。

「……あの子、辛いわね」

 辞するときに、ただ、黙って頭を下げたを思い出してつぶやいた。

「俺はお前が驚かなかったことが驚いたけどね」
「錬金術みたいなものなら、そんなには驚かないわよ。……心の声が伝えられるのは信じられないけど」
「アレ本当。マジで最初はびびるけど」
「へぇ……実演してもらえばよかったわ」
「……すげぇなあ。その度胸」
「あなたの妻ですもの」
 真意は良いほうにとったヒューズは苦笑して、口を開いた。
「お姫さんも責任感が面白いところで強いからなぁ……気負い過ぎるなって言ってるんだが」
「不思議な力が誰かの役に立って、どうにかできちゃうとしたら……ああ云う風になってしまうかも」
「ただの女だったら話はもっと楽だったさ。大将とくっつけばもっとな」
「あらあら、アームストロング少佐が気にかけてるの?」
「俺のエリシアに対する感情かな」
「まあ」
「……と思うときもあるし、そうでもねえ時もある。こりゃ本当に春が来たかな」
「それじゃあ辛いでしょうね、少佐は。自分の目の届く所からいなくなってしまうんですもの」
「そこを耐えてこそ男ってね」
「貴方は耐えられる?」
「無理。だから離れません」

 キスの雨を降らす前に、ヒューズはランプシェードの明かりを消した。









 エドたちをホテルに送ったアレックスはなんとなく歩きたい気分になり、マリアとブロッシュを先に返して徒歩で自宅に戻るためきびすを返した。
 エドたちにあてがった部屋の明かりは早くも消えており、子供たちにも疲れがあることを知った。
 小さく嘆息して歩を進めた途端、辻角にが居た。

「一応警戒して欲しいな?」
「遅れを取るつもりは無い」
「でも、わからないだろ……相手は、底無しに近い有限のモノだ」
 ゆっくりと近づき、肌が触れるぎりぎりで留まって。
「私が、私であると……容易に信じるな」
「仮初めだといいたいのか?」
「変装かもしれない」
「姿を似せることはできても、心根をそなたと同じにはできん」
「もしここに居る私が敵対するものが化けていたとしても?」
「エドワード・エルリックは躇うかも知れんが……」
 言ってアレックスはの手を取り、身をかがめて囁いた。
「我輩は遠慮する気は無い」
 予想外の接近には街灯の下でも解るほど顔を朱くしてつぶやいた。
「っ……なんで、歩いて帰るんだ……」
「そう云う気分だったのでな」
「ブロッシュが送ってくれるって」
「彼らには寮などの門限がある。我輩に付き合わせるわけにも行くまい」
 軽く手を引いて肩に空いていた手を置くアレックスは続ける。
「ノースシティには離れて生活す我が姉、長女のルイーズ・エリザベート・アームストロングが北方司令部にて勤務している。北の地で困った事があれば彼女を頼れ」
 はかすかに頷いて、あと少しだけ力を入れれば完全に抱きしめられるほどの近距離に顔をあげた。
「……できれば、離れて欲しい」
「できればこのまま我輩の腕の中に閉じ込めて置きたい」
「つまり……その」

「嘘から出た真と言うのも一興だろう?」

「…………それは、できない」

「なぜだ?」
「アレックスのことは、好き、だ……でも、元々、母親代わりしか居ないところで育ったから、父性に飢えてるのも事実で……本当は、どういう好きなのか、自分でもまだわかってない」
「……」
「ごめん」
「――流されるのを良しとしないところが、そなたの好ましいところだ」
 言ってアレックスはから離れた。
「明日は見送りに行く。笑ってくれるか?」
「……うん。待ってる」








 大泣きのエリシアとアレックス、そしてグレイシアとマリア、ブロッシュに見送られながら出立して。







 セントラルの駅をでてすぐに、街中を走る汽車の一等席に座るウィンリィはアルに訊いた。



「ダブリスには何しに行くの?」
「うん。兄さんと色々話し合ったんだけど、師匠のところに行こうかと思って」
 同意を求めた弟に対し、兄は頭を抱え背を丸めて唸りをあげた。
「あ――……オレ達ぜってー殺される……」
「殺……あんたらの師匠ってばいったい……」
「やっぱこわいよ兄さん!!」
 慟哭する弟をひしと抱きしめ、滂沱する兄は言う。
「耐えろ弟よ!!」

「…………」
「――やれやれ」

 女性陣の冷ややかな眼差しも、今の兄弟には届かず。








 セントラルを南下する汽車は山岳地帯を抜けるので速度を出すことができないため、ひどくのんびりとした旅路になった。

 夕刻になり、車中泊か手近な駅に降りて宿を取るかという話が出ると、意外にもウィンリィから車中泊を希望する言葉が出た。
「オレ達はいいけど……大丈夫かよ?」
「そうだよ。シート結構薄いから、疲れちゃうよ?」
 気遣う兄弟の言葉に、ウィンリィは苦笑した。
「そうねー。リゼンブールから乗ってきたときはお尻痛かったわ、正直」
「入浴も出来ないがいいのか?」
 の言葉に、ウィンリィは眉をひそめて言い返す。
「それはも一緒でしょ。一日ぐらい何てこと無いわよ。死ぬわけじゃないし」
「ふむ、それもそうだな」
「だから今日はこのままでいいの。本当に疲れたらどっかに泊まろう?」
 熱心なウィンリィの言い分にエドは短く嘆息してから応えた。
「わかった。でも無茶すんなよ」
「あんたに言われたくないわよ」
「…………可愛くねぇ……」


 それでもホテルから失敬したタオルと一等席のシートを基に、エドが錬成でクッションを厚くしたらウィンリィはとても喜んでくれた。『閉じた空間』にとっておいたお弁当を皆でつついてトランプをして。

 色々な疲れと汽車の揺れはたやすく三人の眠りを誘い、魂のみゆえに眠れないアルは安らかな寝顔を見つめて迎えられる夜の幸せを楽しんでいた。













 軍法会議所の中は所狭しと資料が置かれ、ついでにシェスカが気絶していたがそれは無視してどうにか確保したスペースでヒューズは新聞の占いコーナーを見てうげ、と思わず漏らした。
『今週いっぱいは災難続き。身体を動かして運気を上げましょう』
 インドアなら昨夜散々こなしたが、とは声に出さずに居ると、コーヒーマグを持って部下が声をかけてきた。
「リオールの暴動の記事見ました?」
「リオールの暴動?」
「ええ、レト教とかいう新興宗教が住民を騙してたってやつ。やっと治まったらしいですよ」
 部下の言葉にヒューズは広げた新聞の社会面の半分を占める記事をみて呟いた。
「あ、本当だ。……あーあーやだねぇ死者多数だとよ。イシュヴァールやら暴動やら東部も大変だな」
「東部だけじゃないですよ、北も西も暴動だ、国境戦だと急ににぎやかになって。はは、そのうち国家転覆するんじゃないですかね」
 おどけた部下の言い方に、ヒューズは一拍遅れて急に立ち上がった。
「中佐、どちらへ?」
「昔の記録を調べに書庫に行って来る」

 
「?」
 カムバックしたシェスカと二人で顔を見合わせるが、答えが帰ってくることはけしてなかった。



 メインのオフィスとは別棟の書庫でヒューズは予想した事件の資料を時系列に並べ、手帳に記しておいたエドとの証言を照らし合わせた。

「イシュヴァールの内乱……リオールの暴動……そして……」

 ――――辿り着いた、答えは声にならず。

「おいおい――どこのどいつだ、こんなこと考えやがるのは……」

 こんなこと、誰も思いつかない。あまりにも馬鹿げていて。

「早く少佐と大総統に……」

 馬鹿げているが、洒落にもならない。急いで。


 ――――バタン!

 顔をあげて両開きのドアを見れば、閉ざされたドアの前に闇をまとった長い黒髪の女が、艶然と佇んでいた。

「初めまして、ヒューズ中佐。それとも『さよなら』のほうがいいかしら?」

 毒々しいまでの紅い唇だと暗がりでも良く判って、それでも自らの尾を嚼む蛇の入れ墨を胸元に抱いたそれには良く似合っていて。

「……イカす入れ墨してるなねぇちゃん……」

「知りすぎたわね、ヒューズ中佐」

 瞬時に女の爪が伸びて腕が上がる。それより僅かにヒューズはベルトの後ろに備えたポケットからダガーを取り、ドアへと飛びのきざまに放った。体当たりでドアは簡単に開き、女の爪は正確に心臓を狙っていた分だけ受けたのは肩で済んだし女の眉間にダガーが深々と刺さるのも視界の隅で確認できた。
 しかし痛いものは痛く、またこんなに早いレスポンスに嬉しくて涙が出そうだった。

「……くそっ」

 滑り込んだ時に傷口は庇っていたおかげか傷はそんなに深くないし痺れも無い。傷口を手で押さえてヒューズは足早に書庫を出た。


 夜半でも通信室には記録係があり、夜勤を勤めるのは馴染みの女性記録担当で、彼女はいつもの軽口を叩いた。
「あら、ヒューズ中佐。また家庭自慢の電話で……」
 しかし言葉はヒューズの姿を見た瞬間に変わって。
「中佐!! 血が!」
「なんでもねぇ。電話借りるぞ」
 だらりと下げられた右手の指先からは鮮血が床にいくつも落ちて、彼女は慌てて救急箱を引き出して彼の側に立った。彼女の行動に意を介さぬヒューズは荒い呼吸をつきながら受話器を取る。
「大総統府に――――」


 ――――だが、そこでありえない仮説、予感が脳裏を駆けて。

「中佐?」

 彼女の呼びかけと同時にヒューズは受話器を叩きつけきびすを返す。

「悪い。ジャマしたな」
「え? 中佐!?」














 ――――制止も叶わず、この日が彼女にとってヒューズを見た最後の日になった。







 夜勤の連中にすれ違うことが無いのは幸か不幸か。
(お姫さんからもらったこいつは……まだ、使い時じゃねえよな)
 そっと胸ポケットに入れた護りに手をやり、ヒューズは出口へと急いだ。







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