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 昼食の下拵えを済ませた はウィンリィに借りた娯楽小説を読みあさっていた。文字や意味はさほど差異は無いが、やはり文字にすると元居た世界より文法が砕けていて、かなり読み易くなっていた。
(成程、世界そのものは違うが、どちらかというと時系列がずれているだけか)
 もしかしたら――――ここは遠い未来の世界なのかもしれない。
 ありえない想像に一人微笑む。壁に掛けられた世界地図を見ても、自分の知る大陸に近いそれはどこにも無く、異邦人であるとさっき自覚したばかりなのに。
(しかし、話ができる世界でよかった。コミュニケーションが取れるのは後は心話しかないし、いきなり心話を受け入れられる人間は少ないからなぁ)
 文字に目を落とせば、物語は主人公が意中の相手に告白をしている場面で、手垢のついた表現に多少あきれたが、真摯に語る描写には好感が持てた。
 顔を横に向ければ、ウィンリィがほとんど完成した機械鎧の調整をしていた。
 擬似神経のケーブルをアクチュエータとベアリングの鋼で基本構成を成し、服の上からは本物の手足と変わらぬフォルムを有する手甲を兼ねた偽りの、だがウィンリィの想いで溢れた鋼の腕。
 金属が擦れて立つ音をBGMに、 は再び本に目を落として思いにふけた。

(精霊との契約はどこでしようかな。風霊ステアにはしかるべき地で……とは言ったものの、水と大地は今日にもできるけど……炎はどうしよう。篝火でも焚くしかないかな)
 精霊との契約は各精霊が最も力を発揮できる場所が望ましい。元居た世界でも、炎の精霊との契約は活火山の火口近くで行った。
 この国の地図を見ると、火山らしき山脈はラッシュバレーよりも西の地にあるようだ。中央まではエドとアル、そしてアームストロングが同行してくれるが、そこから先の路銀も、人にも充ては全く無いのだ。傭兵まがいのことで稼げばいいだろうが、余り目立ってしまうと政府に痛い腹をつつかれる事態は歓迎したくないので、真っ当に働いたほうがましではあるが――――時間がかかりすぎてしまう。自分の力だけでこの異界から戻れるわけではないと自覚しているが、自らが培ってきた力が削ぎ落ちたままは我慢ならないのだ。
(いっそのこと国家錬金術師になるかな。資金も人脈も豊かになる)
 実に魅力的なプランだが、実験体として捕らえらる可能性が否定できない。自分たちの世界に兄弟が現れたら、自分が先頭を切ってそうしかねない自覚があるからだ。

 本当は昨日は自分の誕生日で。相棒に結構な額のプレゼントをもらって、養母や弟たちにおめでとうって言ってもらって。家族で楽しく過ごす予定だった。
(あ――――いかん)
 寂しさがこみ上げてくると、 はある欲望を抑えきれないことに気がついた。
 再びウィンリィを見やるが、彼女は作業に没頭していてこちらに気づく様子が無かった。時計に視線をずらせば、昼食にするまでは充分に時間が余っていたので――――あごに手をやり、本を片付けて一階に降りた。

「おや 、本はもういいのかい?」
「うん。いっぱい読んだ」
 引きなおしたエドの機械鎧の設計図を仕舞いながら、ピナコは肩をならして嘆息した。
「ウィンリィはどうしてる?」
「まだ微調整してるね」
 言いながら はピナコの肩を揉み始めた。僧房筋から上腕二等筋にかけてゆっくりと指圧を繰り返す。
「あんたはマッサージがうまいね」
「まあ、近所に小さいころから知り合いのじいちゃんが居てさ。鍛えられた」
「そうかい」

 言って は気付いた。
「――ごめん。ホントは記憶喪失じゃない」
「うん」
「信じるには無理があるが、この世界じゃないところから来た」
「うん」
「電気も機械鎧も無い、全く違う世界から……」
「うん」
「でも日付は一緒なんだ。年代は違う書かれ方だけど、一緒で」
「うん」
「昨日が、私の誕生日だった。成人としての年になった」
「…………」
「毎年変わらない面子で祝ってくれたこと、思い出した」
 上腕を指圧していた手が止まる。ピナコはそっと の頭をなでた。
「面子は違うけど、お祝いさせておくれ」
「……っ」
 俯いた の頬を涙が伝い、雫が床に落ちた。
「ごめん……なさい」
「いいんだよ。たった一人で知らないところに来たのに、あたしらに気を遣ってくれたんだろう? それは優しい気持ちだから、大事にするんだよ」
「…………うん。ありがと。ピナコばっちゃん」
 涙をぬぐい、顔を上げて は微笑んだ。
 笑顔で応えたピナコは煙管を咥え、葉を詰めて火を点けた。紫煙がくゆり、きつい匂いが の鼻をくすぐった。
「ウィンリィが上がったら、 の世界の話を聞いてもいいかい?」
「……うん。錬金術じゃないけど、特技もお披露目するよ」
「へえ、どんなのさ?」
「ん……、魔術」
「魔術」
「うん」
「御伽噺の? 魔法使いのことかい?」
「あー、まあ、そんなとこ」
 煙管に口をつけ、煙を吐き出しながらピナコは呟く。
「へぇ……。錬金術じゃなくて魔術ねえ……」
「まあ見たときに驚いてよ」
「…………そうするよ」
 一見すると肝は据わっているが、普通の少女にしか見えない を見やり、ピナコは小さく唸った。
「実は、ばっちゃんに頼みがあるんだ」
「なんだい」
「葉っぱ分けて」
 真剣な眼差しで が指差した葉っぱは、煙草の葉で。
 煙草入れには葉を包む巻紙が仕舞われていることを は知っていた。
「不良娘だねあんた」
「だから成人したって言ったじゃん」
「元気な子供を生みたいなら止めときな」
「ストレスが母体に与える影響のほうが深刻だよ。妊娠してないけど」
「…………しょうがないねえ」
「さんきゅー」
 泣いたカラスがもう笑い、慣れた手つきで葉を巻紙で巻いて火をつける。
「あれ、あんたどうやって火を点けたんだい?」
 ピナコの問いかけに、 は久々の煙草を味わってから答えた。
「魔術」
「…………便利だね」
 紙巻き煙草はめったに喫わないピナコなので、巻紙が時化っていても満足げに喫う を見て嘆息した。
 そして階段を下りながら伸びをしてウィンリィがやってきた。
「あー終わった…… 、お茶ほしい……なってええええ!」
「了解。オレンジティーで良いか?」
「あ、うん。じゃ無くて! なに煙草喫ってんのよ!」
 大騒ぎのウィンリィに、エドもアルもアームストロングに担がれて室内に戻る。
「あ」
「え」
「む」
 三者三様に声を上げるが、平然と咥え煙草で はエドとアルに言った。
「昨日言っただろ? 成人したって」
「え、そうなの?」
 いぶかしげにウィンリィが口を開く。
「ついでに記憶が戻ったって言うかバラすと――――私はこの世界の住人ではない」
「え」
「あ」
「な」
「えぇえ――! どういうことよ?」
「一言で言うと魔術師でね。気がついたらエドに起こされたのは真実だが、機械鎧も電気も無い世界の住人なんだ。だが、戻り方が全く分からない」
「……嘘、でしょ?」
 目を見開き、ウィンリィは を見た。
「嘘じゃない。だから――」
 ふわりとティーポットと輪切りになったオレンジ、湯気を立てるカップ&ソーサーがふわふわと宙を舞い、ティーカップに輪切りのオレンジが行儀良く収まり、ティーポットからよい香りをたて、紅茶がカップに満たされる。待ちかねていたソーサーの上にカップが乗って、声も出ないウィンリィの目の前に来るとぴたりと静止した。
「我が名は宮使国魔術誓 ――以後お見知りおきを」
 右腕を折り、頭を垂れる
 黙ってウィンリィはカップとソーサーを手にすると、使い慣れた食器の重みが自然に感じられた。
 そのまま一口飲むと、嘆息して言った。
「…………はぁ、分かったわよ。これからもよろしく、
「こちらこそ。よろしく頼む」

 顔を上げた とウィンリィが握手して微笑みあうと、男性陣は脱力して思い思いに呻いた。
「お、オレの努力は……」
「ボクって……」
「なんと軽率な……」

 日陰の住人と成り果てた男達に、ピナコは火種を灰皿に棄てて告げた。
「なんだい暗いねぇ。しゃきっとしな」

 ――ちなみにウィンリィの「気持ち悪い」の一言で食器を魔術で動かすのは禁止された。





 翌日になると、エドは嬉しい様な、でも辛そうななんとも言えない表情でそのときを待ち、いざその時になると身体に刻まれた感覚が身体を這い回っている気がしてならなかった。


「いいかい? いくよ」
 人工筋肉と擬似神経を肩のベアリングにある接続端子と結合させ、擬似神経に絶縁体を噛ませる。
「いち」
「にィの」
「さんっ!」
「でっ!!!!」
 一瞬だけ電流を流すと同時に絶縁体を外して、電流と共に電気信号が擬似神経と生体の神経の同時に流れていく。零コンマ何秒の速さで脳と筋肉のパルスに取って代わり、機械鎧は生身と変わらぬ反射速度を得るようになる。あとは筋電反応で動作するため、反応が正常か確認して問題が無ければいい。
「…………理屈は理解できるが……剥き出しの神経って風を受けても激痛を感じると……一種の拷問だな、こりゃ」
 眉をひそめて洩らした の言葉に、エドはぐったりとしてぼやいた。
「〜〜〜〜っ……毎度この神経つなぐ瞬間がいやでよ……」
「泣きごと言わないの。はい、動かしてみて」
 動作チェックに冷静に作業するウィンリィの横顔は、異常が無いか丁寧に確認するプロの顔で。
 痛みの波はすぐに引いたエドは素直に腕を動かし、期待に胸を膨らませて言った。
「でも、この痛みとも、もうおさらばかもな。賢者の石が手に入れば、元の身体に戻って万々歳だ」
「残念だねぇ、せっかくの金ヅルが」
「そうよ、無理して元に戻ることないわよ。かっこいいじゃない機械鎧!」
「…………」
 自分の世界に浸るウィンリィは更に続けた。
「オイルの匂い、きしむ人工筋肉、うなるベアリング……そして人体工学に基づいて設計されたごくつも美しいフォルム……ああっ、なんてすばらしいのかしら機械鎧!!」

「機械オタクめ」
「うるさい、錬金術オタク」

 反応はいたって良好であり、すぐに外殻部分の鋼が腕と足に取り付けられた。
「完成!」
 ウィンリィの晴れ晴れとした声に、エドはストレッチをして手足を伸ばす。
 爪先も指先も生身の腕となんら変わらぬ動きをする機械鎧の様子に、 は見とれていた。
「どうだい?」
 ピナコの問いに、エドは腕を伸ばしながら答えた。
「うん。いい感じ」
 満足げにうなずくエドに、ウィンリィは忠告した。
「あんたの事だから、どうせ日頃の手入れサボると思ってね、今回使っている鋼はクロームの比率を高くして錆びにくくしてみたの。そのかわり強度が下がったから、あんまり無茶は――――って聞きなさいよあんたは!!」
 怒鳴るウィンリィをよそに、エドはアルの元へ駆け出していた。そしてアルはアームストロングに担がれて家の外へと出て行く。
「ったく……」
「ずっと不自由してたからな。嬉しいんだろう」
 エドを苦々しく睨むウィンリィを宥め、 は続けた。
「とりあえず、エドの機械鎧の手入れの方法を教えてくれないか?」
「え、どうして?」
「やっぱりもとの世界に還るには、錬金術でも何でも規格外の技術が必要になるからさ、情報がほしいから中央までついて行くことにした」
「あ、そっか」
「同行期間中に習慣付けるように仕向けるからさ」
「…………そうね。じゃ、ご飯食べたら教えるわ」
「ああ。お茶は淹れてあるから飲んでくれ。私はエドの錬金術を拝見してくる」
「うん」
 言って嬉しそうに は表に出て行った。

「ばっちゃん」
「なんだい?」

 溜息混じりにウィンリィは言った。

「エドが女の子だったら みたいになってたと思わない?」
「…………今日は の誕生パーティにするから気合入れるよ。手伝っておくれ」
「あ、うん」


「鎧の破片これで全部か?」
 ばらばらになった鎧の破片を布の上に広げ、エドは訊いた。
「うん。イーストシティの憲兵さんたちが丁寧に拾ってくれた」
 傍に立つアームストロングが口を挟む。
「すぐ直るのか?」
「うん、ちょっとコツがいるけどね」
 答えたエドはアームストロングと、やってきたばかりの に、アルの頭部を外して見せた。
「ほら、背中の内側に印があるだろ」
「うむ」
「ああ」
 応えを聞き、頭部を元に戻す。
「これがアルの魂と鎧との仲立ちになってるんだ。この印を崩さないように、手足を直さなきゃならない」
「なるほど」
「血文字のようだな」
「血文字だよ。オレの血」
 血……とつぶやくアームストロングを見て は言った。
「契約には術者の血液が最適なんだぞ」
「…………うーむ」
 二人をよそに、兄弟は呑気に感想を言い合っていた。
「それにしても危なかったな――――」
「もう少し深くえぐられてたら終わってたねー」


「さて! ようやく錬金術が使えるようになったし――アルを元に戻すか! 見てろよ !」
 勢いよく手のひらを合わせ輪であり円を構成し、循環式が体内で発動する。そのまま対象物に触れると、イメージが実像を併せ持ち、見る間に分解されてしまっていたアルの腕、足、胸が錬成されていった。

「へぇ……」
 時間にして五秒も無いだろうか。 は感嘆の眼差しをエドに向け、見返すことがようやくできたエドは得意そうに笑った。
「うっし、それじゃ早速……」
 すぐにただ束ねておいた髪を手早く三つ編みにして、アルと――――組み手をはじめた。
「おっ」
  の目が期待に輝く。
「む? なんだ、兄弟喧嘩か?」
 アームストロングの問いに、エドはアルの打撃を受け流しながら答える。
「ちがうちがう。手足の動作確認も兼ねて組み手をやってるんだよ」
「それにここしばらく身体を動かしてなかったから、カンを取り戻さないとね」
「ほほう」
「だったら……」

「ならば我輩も協力しよう!!」
 隆々たる筋肉を見せ付けてアームストロングが言い、
「約束したよな? 楽しませてくれるって……!」
 指を軽く鳴らした が飛び込んだ。

「ぎゃ――!!」
「やや約束してないっ!」

 逃げ惑う兄弟に遠慮無用ッ!とアームストロングと が言う。
 組み手をするのはいつものことだが、悲鳴が混じったのは今日が初めてで。
「何やってんだか……」
 二階のテラスからのぞいたウィンリィをあきれさせていた。



「やっぱ って錬金術できると思う」
「あ、やっぱりそう思う?」
「だってさー、力の流れを循環させるの巧い」
「あれは化剄という技術なんだが…………魔術でも力を循環させて術が発動するからな。基本が似ているところはあるな」
「ふっふ。お互いに研鑽し合えるというのはよいことだ」

「ばっちゃん! ハラ減った!」
 エドは元気良くピナコに言う。
「フロが先だよ」
 ピナコはあっさりと泥や草まみれの四人にぴしゃりと言った。

「いっつもあんたたちって組み手してるの?」
「ああ」
「師匠の教えでね、日頃から鍛えてるんだ」
「そりゃ機械鎧もすぐ壊れるわよ」
「まあこっちはもうかっていいけどねえ」
 呵々大笑するピナコに、アームストロングが言を継いだ。
「ふむ。しかし正論であるな。健全な精神は鍛え抜かれた美しき肉体に宿るもの。見よ、我輩の」
「アル、そこのソースとって」
「はーい」
「エド、次貸して」
「おう」


「明日、朝イチの汽車で中央に行くよ」
「そうかい、またここも静かになるねぇ」
「へへっ、元の身体に戻ったらばっちゃんもウィンリィも用無しだな!」
「言ったね小僧!」
「――だいたいあたし達整備師がいないと何もできないくせに、このちんくしゃは」
「ちんくしゃってなんだよ!!」
「うむ、言いえて妙なり!」
「元に戻ってからじゃ言えない科白だもんな?」
「うわひでぇ」



 食後のお茶の時間に、誕生日おめでとう、という祝いの言葉と綺麗にデコレートされたショートケーキに、 は満面の笑みで応えた。



 人間、満腹になると血液が脳から胃に降りて眠くなる。ということで――エドは長椅子に足を投げ出し、シャツの裾から手を入れたまま高鼾で眠ってしまっていた。
「あーあ、またおなか出して寝てるよ。しょうがないなぁ」
 ぼやいてアルは兄を見た。
「まるっきりこれの保護者だねアルは」
「エドは体温高そうだもんな」
 食後の一服を楽しむピナコと が口々に言う。
「ほんとにも――。手間のかかる兄を持つと苦労するよ」
 ウィンリィが肌掛けをエドに掛けながら言った。
「これじゃあどっちが兄貴だかわかんないね」
 煙管を咥えたままピナコはアルに問う。
「おまえ達、いくつになった?」
「ボクが十四で兄さんが十五」
「あはは、あたしと同い年でこんなにちっこいくせに『人間兵器』だなんて笑っちゃうよね」
 エドの頭のすぐ上にある空いたところに腰掛け、ウィンリィは続ける。
「無防備に寝ちゃってさ」
 最後の一口を喫って、火を消し は言った。
「気を許した家族だからな。つい甘えてしまう」
は嘘ついてたでしょ」
「いやその迷惑かけると…………ごめんなさい」
 まさか自分にもスパナを投げるジェスチャーが来るとは思っておらず、慌てて は謝った。
「――ああ、ははっ」
 二人のやり取りを見ていたアルが、唐突に思い出し笑いをした。
「なんだい?」
「いやぁ『おなか出して寝て』って言えば、ユースウェル炭鉱に行った時の事、思い出しちゃって」
「?」
 不思議そうな顔の に、アルは説明した。
「ボク達、賢者の石を探していろんなところを旅してるからね。そこの炭鉱の人たちが上からの締めつけで困ってて、助けてくれって言われたんだけど、兄さん、最初は助ける気がさらさら無かったんだ。だけど、そこの親方の『炭鉱が俺たちの家でカンオケなんだ』って言葉を聞いて、結局助けちゃったんだよね。かなり無茶やってさ……」
「ほう、そんなことがあったのか」
 感心する の隣で、ピナコが呵々大笑し言を継いだ。
「そうかいそうかい、『俺たちの家』かい! そうだね……帰る家の大切さや、無くなるつらさはおまえ達は身に染みてるもんねぇ」
「うん。だから、いつも本当の家族みたいに迎えてくれるばっちゃんとウィンリィには感謝してる――――口に出さないけど兄さんもね」
 寝返りを打つ兄に眼差しを向け、兄とともに歩んできた苦難の道が脳裏によみがえり、思わず言葉が洩れた。
「それでもやっぱり生まれ育った家が無いっていうのが現実なんだ。ボク達、家を焼いた事は後悔してないけど……時々、無性に泣きたくなる事があるよ」
 火の点いていない煙草を咥えながら は訊いた。
「……何時、焼いたんだ?」
「三年前。兄さんが国家錬金術師の資格を取って、賢者の石を求めて旅立つ日にだよ。――――いっそ、一度思いきって泣いちゃえばふっきれるかもしれないけど……はは、この身体じゃ泣くに泣けない」
 兄弟の生半でない覚悟と、垣間見せた本音。
 言葉が見つからずに黙り込んだ を見てからウィンリィは一人、つぶやくように言った。
「泣ける身体があるのに泣かないバカもいるしね」
 無邪気に眠るエドを見下ろし、そっと頭を撫でて言った。
「ほんと、強がっちゃってさ、このバカは……」



 入浴を済ませたアームストロングはドアの影から語らいに聞き入り、一人いたいけな兄弟を思い熱い涙を流していた。





「そうだ、これも持って行きなさいよ」
「えー、いいのか?」
「平気平気。あたしじゃ小さくってもう着れないの」
「……ありがと」
 ウィンリィの古着を分けてもらった は、これまた譲ってもらったトランクに丁寧に畳んで仕舞った。ベッドの上で胡坐を掻く に、椅子に体重を掛けて寄りかかるウィンリィが感心して言う。
「ずいぶん手馴れてるのね」
「傭兵やってるとね、護衛で色んな処に行くからさ。旅は日常茶飯事なんだ」
「戦ったり……するの?」
 ウィンリィの小さな問いに、 は苦笑を浮かべて答えた。
「まあな。って言っても盗賊を追い払ったり、魔物を退治したりでね」
「魔物?」
「この世界では御伽噺に出てくるような怪物だよ」
「…………ホントにいるんだ、そういうの」
 目を丸くして呟くウィンリィ。
「そうだな、昔々のお話が現実の世界で暮らしてたよ」
 そして作り置きをしておいた煙草に火を点けた。
「…………煙くなるからやめてよー」
「――そうかな?」
 ウィンリィの実に嫌そうな顔とは対照的に、 は口端を上げて続けた。
「一応魔術で気を遣ってるんだがなぁ」
「…………ほんとだ、煙たくない」
 確かにヤニの匂いはウィンリィに全く届いていないし、部屋の中にも機械油の匂いにまぎれて不快感は特に感じられなかった。
 しかし、自分より背が低い はたとえ年上で、成人していても、ウィンリィはつい言ってしまう。
「…………もう、元気な赤ちゃん産めなくなるよ?」
「――――ばっちゃんに同じ事言われたよ」
 嘆息してウィンリィは聞く。
「……帰れるといいね」
「ああ。ウィンリィやばっちゃんの傍で暮らすのもきっと悪くないって言うか、きっと楽しいと思うよ――でも、やっぱり自分が生きてきた世界は、ここじゃない、から」
「――――うん」
「元居た世界で私一人で暮らしていたのなら、ここでの暮らしはきっと楽しいだろうな」
「うん」
「……でも、家族が心配してるからな。それと相棒も」
「うん」
 支度を終えた はトランクを閉めて、ベッドの脇に置いた。
「ねえ、相棒って、どんな人?」
 ウィンリィの何気ない問いに、 はピナコにもらった携帯灰皿を落としてしまった。
「あー、やっちゃった」
「悪い」
 謝罪の言葉と共に、床に散らばった灰と吸殻が一瞬にして霧散する。一部始終を見たウィンリィは呆れ顔で言った。
「掃除が楽でいいわね……」
「まぁな」
 ベッドから降りずに身を乗り出して灰皿を拾い、歯を見せて笑う に、再度訊く。
の家族の話は聞いたけど、大食いってことは女の子じゃないわよね」
「……そうでもないが、まあ、相棒は男だよ」
「へえ、 が魔術師なら相方は物語なら剣士よね」
「物語でも現実でも攻守のバランスがいいんだ。名前はシアって言う。剣の腕で奴に敵う者は……私の知る限りではいなかったな」
「強いんだ」
「国一番の使い手だった騎士団長の息子でね、大人に混じって小さいころから鍛えてたからな」
  の相棒への評価に、ウィンリィは期待を込めて問う。
「かっこいい?」
「あー…………まあ、顔は良いな」
 苦々しく答える の態度が腑に落ちなくてウィンリィは訊いた。
「顔は、ってどういうこと?」
「いや人間性も悪くは無いんだが…………些かというか女好きで……下半身に節操が無い」
 掠れる声で語る内容に、ウィンリィは目を丸くしてしまった。
「うわ、そうなんだ」
「仕事の最中に、あまつさえ依頼人を口説くわ、手当たり次第に声をかけては遊び……でも仕事はきっちり片付けるし愛想もよいから言い寄る女性が後を絶たず……」
「良くも悪くもモテモテなのね」
「剣の掟――まあ規律だな――は厳格なまでに遵守するくせに、それ以外のマナーを覚える気が無くてな、一応私より年上なんだが、まるで大きい子供だ」
 困った顔で話す だが、声音はあくまでもやさしくて。ウィンリィは微笑んで言った。
「あはは、あたしにとってのエドみたいな感じかな」
「…………エドはかなりましだぞ?」
「そう? 幼馴染を褒められるのって悪い気はしないけど、まだまだだと思うけど」
「素直に感情を出して受け入れてくれるから、甘えてるんだよ。表現方法は不器用だけどな」
「そうかしら。あいつら色んなとこへ行ってるくせに、恋愛のれの字も話さないし、聞いた事もないわ」
「年齢的には思春期の真っ只中だがなぁ……で、ウィンリィはどうなんだ?」
「あたし? あたしは今はそういうことする気は無いかなぁ。機械鎧で頭が一杯」
「…………ああ、エドもアルもウィンリィと同じなんだろう。元の身体に戻ることでいっぱいいっぱいで、恋愛には興味が無いんだろう」
 最後の一口の煙が瞬く間に消えると、煙草を魔術で消して灰皿をトランクに放り込んだ。
「……そっか……そうだよね」
 寂しげにウィンリィは呟き、ベッドに腰掛けて言った。
「つらくなったらいつでも来てね。歓迎するから」
「ああ。よろしく頼む」


 一緒のベッドで眠り、見た夢は幼いころの物語、他愛ない、でも暖かな、ユメ。



「じゃあ行くね」
「…………んー……」
「いろいろありがとう」
「んー……」
「訳の解らないままここにいるけど、ウィンリィに逢えて良かった」
「…………ん」
「……行ってきます」
「――――」

『風よ、安らぎをここに』

 聞いたことの無い言葉を片隅で捉えると、やたらと気持ちいい風が頬を撫ぜるなとウィンリィはまどろみの中で感じていた。



 ――――朝靄濃く残る早朝、四人は旅立ちの時を迎えた。機械鎧に手袋を嵌め、たわみが無いようしっかりと引っ張ってエドはピナコに言葉を投げる。
「じゃ、行ってくるぜばっちゃん」
「おお、気をつけてな」
 デンの頭を撫でていたアルが見回して言った。
「……あれ? ウィンリィは?」
「一応声はかけたんだが、よく寝ていたよ」
「徹夜続きだったからね、起こしてこようか?」
「いや、いーよいーよ。起きてきたら機械鎧の手入れしろってあーだこーだうるせぇから」
 背を向けてエドはぶっきらぼうに返し、使い慣れたトランクを手にした。

「ボウズども、たまにはご飯食べに戻ってこいよ」
「うん、そのうちまた」
「けっ、こんな山奥に飯食いにだけ来いってか」
 振り向かない兄弟を見やってから、 はピナコに頭を下げて言った。
「ばっちゃん、お世話になりました。帰れるあてができたら、会いに来るね」
「……焦るんじゃないよ。辛くなったらいつでも帰っておいで」
「――うん」
 瞳を潤ませて笑顔で頷く。

 肩越しに二人のやり取りを見ていた兄弟は微笑みあい、ピナコとの挨拶を見守っていたアームストロングはちいさく笑った。
「なんだよ」
「迎えてくれる家族……帰るべき場所があるということは幸せなことだな」
 エドとアルが家を焼いた事はアームストロングも知ってはいる。だが、ピナコ、ウィンリィが待っていてくれるということが、どれだけ彼らの拠り所となっているかと思うと、素っ気無いエドについ言ってしまった。
「へっ、オレたちゃ旅から旅への根無し草だよ」
 兄が歩を進めようとするので、アルはピナコに声をかけた。
「じゃあ行くね」
「……ああ」

 完全に背を向け、数歩歩き出したとき、
「エド、アル、 !」
 振り返ればテラスの手すりに身体を預け、寝ぼけ眼のウィンリィがいて。
「いってらっさい」
 ひらひらと手を振り、短く告げた。
「おう!」
 エドが左手を高く上げ、アルと が小さく手を振って応える。

 そして彼らは振り返ることなく――――歩き始めた。










 ロックベル家からリゼンブール駅までは徒歩で三十分。
 のどかな農園と牧畜場、そして小学校の前を通り抜けていくと、駅前の商店街にぶつかる。
 といっても馴染みの客しか相手にしていないような酒場、郵便局兼銀行、軍部の出張所兼交番、診療所、雑貨屋という実に小規模な商店街であった。
 ――特に、雑貨屋の多様さ、煩雑さは群を抜いており、駄菓子屋も煙草屋も文房具も日用雑貨も何でも商品として販売されていた。
 …………ただし整列されていないので目当ての品は発掘を要求され、大体の位置は店主が把握しているが、商品自体は客が探し出してこなければならなかった。
 店主は今年で米寿を迎えるオードリーナ・デミッツで、数年前から目覚めが早くなったので早朝から店を開けるようになっていた。
 今朝も一番の汽車よりも早く店を開け、十坪に満たない店内の最奥に腰掛けていたが、久々に訪れた悪ガキを見て思わず微笑んだ。
「…………変わってねえなあ、この散らかりよう」
「駄菓子屋はこうでなくてはいかん」
「そうか?」
「煩雑な陳列に見えるが低い位置には駄菓子を、それ以外を高い位置に配置している。見事だ」
「…………」
 悪ガキエドワードの隣には、見慣れぬ美少女が感慨深げに商品を眺めており、駄菓子が珍しいのかしきりに眺めてはエドワードに質問をしていた。
「……あのなあ 、汽車の時間考えてくれよ」
「ああすまん。つい面白くて見入ってしまった。……店主の方で?」
「ここに座ってるんだからこの婆が店主でなくてどうするさね」
 軽口をたたくと という美少女は微笑んでオードリーナに言った。
「ウルトラマリンの香りがする煙草はありますか?」
「煙草呑みかいあんた」
 子供たちが一番恐れる表情――片目だけを大きく見開いて に訊くが、 は平然と答えた。
「ええ。無ければノンフレーバーでかまわないのですが」
「――ウルトラマリンは無いけどカモミールならあるよ。幾つだい」
 堂に入った口調に、オードリーナは憮然と言い放つ。
「ワンカートンでお願いします」
「二千五百センズ」
 短く言うと は五千センズ紙幣を出し、オードリーナはマッチと一緒に剥き身で『メリッサ・メリッサ』と書かれた煙草とつり銭を に渡した。
「どうも」
「吸い過ぎるんじゃないよ」

 軽く会釈して はエドワードと共に店を出て行き、後にはオードリーナだけが残った。
 鼻を鳴らし、オードリーナは煙管で一服しながらようやく思い出してつぶやいた。

「あれがエドワードの彼女かね」




 買い物を済ませると列車はもうホームで待機をしていたので、一行は混雑が少ない最後尾の車両に乗り込んだ。
「カモミールの香りの煙草かぁ、初めて見たなー」
 フィルタつきの紙巻煙草のパッケージを眺めて が呟くと、隣のアルが覗き込んで言った。
「煙草っていろんな種類があるんだね」
「酒も然りだが、嗜好品てぇのは好みが千差万別でね、どうしても多種類になるんだ」
「へぇー」
「それにしても、よく金持ってたな」
 向かいに座るエドが素朴な疑問を投げかけると、 は照れ隠しにこめかみを掻きつつ答えた。
「ピナコばっちゃんに餞別を戴いてきたんだ」
「――オレには無しで、さんざふんだくりやがって……あのババァ」
 唇を尖らせるエドをアルは諌めるように言った。
「兄さんは研究費を沢山支給されてるでしょ」
「それとコレとは別」
「兄さん……」
 うなだれるアルとエドに、アームストロングは財布を出して言った。
「おやつは三百センズまでだぞ」
「バナナはおやつに入るんですかー」
 エドが冷酷に返す。
「デザートなので入らぬ」
 アームストロングはきっぱりと言う。
「…………」


 声も出せないほど受けている とアルに、エドはふくれっ面で窓の外を見た。
(機械鎧の調整でここに来て、また旅に出て行くのがこれで終わりになるといいな)
 期待して、裏切られることが普通で。それほど賢者の石は伝説だったと思い知らされて、いままで旅をしてきた。
(でもきっとこれで最後だ…………きっと)

 汽笛が鳴り、リゼンブール発セントラルシティ行き普通列車〇八六八号は、定時にリゼンブール駅を発車した。







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